ミー君

ゴールデンウイーク、長い・・・

 

平日が好きなんだよ、私はさ~

 

リビングの人口密度が高すぎて息苦しい

 

近くのコンビニへ避難した

そしたらミー君がいた

 

ミー君はモットチビリンコの友達で

保育所から一緒の男子だ

 

なんでも

家は一日中お父さんがたばこを吸うので

煙くて家にいたくなくて外へでてきたらしい

 

 

わたしも夫が一日中リビングのソファにいるのが

息苦しくてたまらん

 

5日間我慢した

もう勘弁してほしい

 

 

 

それにわたしの作業机はリビングにある

リビングでうろうろされるのは大変気が散る

 

 

ミー君と私は現状の不満を述べあい

ほんとうに家にいずらい、と嘆きあった

 

たいてい不満と悪口を述べあうと

「ぼく、最近のお気に入りのパン、教えたるわ」

ミー君はパンが置いてある棚へ我を案内しこれだ、と指さした

 

「ふうん」

「めっちゃうまいで!」

 

「わたし、パンは食べへんしな・・・」

「そうなん?おにぎり?」

 

「おにぎりもあんま食べへんな」

「じゃ、なに食べるん?」

 

そう聞かれ

待ってましたとわたしは

アプフェルシュトルーデルのことを語り始めた

 

これはウイーンの伝統的なケーキでな

アプフェルというのはドイツ語でアップルのことでな・・・

こんなうまい食べ物がほかにあろうか、いわんや

などと語ると

今度はミー君が「ふうん」という番である

 

私の熱弁を聞いたあと

 

「これからブックオフいこかなー」とミー君が言った

「今、20%オフなんやで」

 

ミー君はちゃりでけっこうどこまでも行くそうだ

三宮あたりまでならチャリでいくそうだ

 

へぇ、健脚やな・・・

 

 

おとつい尼崎へ友達と映画見に行くとき

てっきりちゃりでいくと思ってたら

「バス停でまちあわせな」言われ

あ、バスで行くんやな、と思ったんだって

 

 

我々の趣味興味について

全く共感はなかったが

中学生男子の話はおもしろい

 

いろんな世代な人が

てきとうに集まりくつろげるスペースが

もっと近所にほしいと思うな

 

 

そこへ行けば

だれかがなんとなく、いる、みたいな

 

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力説のアプフェルシュトルーデル↑

 

 

 

 

移行できました

なんか、ブログ、再開できるようになってんですけど・・・・

 

ハテナダイアリーからはてなブログへの移行ができました

ってメールがきた

 

 

わたし、自分で勝手に移行するんだとおもってほっとったら

はてなが勝手にしてくれたみたい・・・・

 

 

さてさてさて・・・・

んじゃ

なにをかこうかしら・・・・7

 

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えーと

ウイーンへいって3食アプフェルシュトルーデル食べたい!

 

初ブログに夢をば・・・

 

ブログ

「Hatena」からメールがきた


なんでも
このはてなダイアリー
使えるのは来年の2月までで


そのあとはなくなるから
どっかへ移動してください

みたいな内容だった


んまぁ
なんてことでしょう


見返してみると
私は2005年の1月から
これを書いてた

途中
精神状態不安定極により
2年間くらいすぱーんと抜けてるとこもあるが
まぁなんだかんだ10年いじょうもやってたわけだ

2005年ったら1965年生まれだから40のときだ


こないだ占いで
「35から37までの間に生活が大きく変化したでしょう?」
って言われて
そういえば35歳で結婚した


それから


「47から大きく人生が激動しましたね」
って言われて
本当にそうだと思った


ブログを休んでたのもそのあたりくらいだ


そして
「57歳からまた大きくかわります」
って言われた


きっとあたると思う
なんとなくわたしもそうなるだろうって
暗示にかかったもん



そのころ
まだブログ書いてるかわかんないけど
このブログは2月末に消える


ほかのブログへの移動方法は・・・とか
説明がつらつらあったが
なんかむづかしくてわかんないし


文章なんてどんどんどんどんながれていくもんだしな


まぁいいか


そういえば
小学1年からずっと
落書きで連載漫画をわたしは描いてたことがある


かなりの大作だったと記憶する


それも震災を機に取り壊された家の藻屑となって消えてった


あとたくさんのもらった手紙


小学3年からずっと文通してたにしがきなおこちゃんからの手紙も
はじめてもらったラブレターも
好きだった人からの手紙も
36歳のとき全部全部捨ててしまった


もう一度よみかえしたいなぁ
っておもうことは
時々ある


だけどもうみんな捨てちゃったから
しかたない


わたしの記憶のなかにあるけど


それもただしいかわかんない

あけおめことよろおもたべちゅ!


     あ
     け
     ま
     し
     て

   お
   め
   で
   と
   う

  ご
  ざ
  ま
  す

べるさーーーいゆのーーーーーば〜ら〜

おぉ!
もう11月30日〜


2か月放置。。。


大好きな10月11月はあっという間に過ぎ去りますなぁ



近所のミヨシさんが
引っ越すことになった


それで
植木とかこまごま
いろんなものくれた


その中に
ベルサイユのばら全巻


ミヨシさんとわたし
同世代



わたしはベルばらファンではないのだが


小6の時
謝恩会でベルばらを上演したことがある



もちろんわたしが監督したのではない


クラスの番長、ハヤツタヅコさんが
大のベルばらファンで
毎日毎日ベルサイユのばらを読み、涙し(学校でですよ)
ある日ついに絶叫した
「謝恩会で、これをやる!」



もちろんオスカルは彼女だ
彼女の一番のお友達は
金持ちになった後のロザリーをやらせてあげ
貧乏の時のロザリーは他の女子にやらせるという
徹底ぶりの序列配役采配


私はというと


「ハヤフジさん、配役決める時」
ハヤツさんが言った
「いなかったでしょ、だからルイ17世やってよね」


彼女と私の力関係がわかるであろう


結局わたしは謝恩会で
ルイ17世
オルレアン侯爵夫人の取り巻き夫人
の二役をやることになった

けっこう大変だ

だって衣装も自分で作らねばならないのだ



ミヨシさんがくれたベルばら全巻を
チビリンコが読んでいたので

わたしが思い出話として
オルレアン侯爵夫人取り巻きの一人のセリフと
ルイ17世が歌って踊る場面を演じて見せた



チビリンコはめっちゃ受けた
笑い転げて「ひーーーひっひっ〜〜」と笑った


かなり長時間笑ってたので
将来、わたし、お笑いを志そうかしら
と思うほどであった



いや、志さないけど


「まぁ!オルレアン公の奥様ではございませんか」
「それでわたし、わかりましたわ!」
「今宵がなぜ闇であるかを」
「だって」
「奥様のそのお美しさの前では月も光をなくしますもの」
「ねぇ、皆さま。。。。」
「おーほほほほほほっほ」



♪すてきなバラが咲きま〜した
♪すてきなバラが咲きま〜した
♪赤、白、黄色、とりどりに〜
♪すてきなーばらがーーさきまーーーしたーーー
♪べるさーいゆのばら〜〜
♪べるさーいゆのばら〜
♪べるさ〜いゆのばら〜
♪べるさーーーいゆのーーーーー
♪ばーーーーーらーーーーーー!