気持ちはどこからやってくる

描いた絵をある施設へ寄贈した


寄贈してもよいですか?
と施設長へ聞くと
いただきます
との返事だったので


絵をおくったのだ


どこに置かれているか
気になったので
しばらくたったある日
見にいった


するとそこは
物置のような場所だった


いろんな物が置かれてた
物の上には藁が乗せられおり
絵は物や藁であまり見えなかった


悲しくなった


それで
施設長へ
この場所はいやだ
ほかへ移動してほしいとわたしは言った


寄贈したのだから
そっから先は
それがどんな扱いを受けようと
従わなくてはいけないか
意見を言うのはおこがましいか


悩んだ


だけど


わたしは
わたしの絵が
そんな扱いをうけて
悲しかったのだ
さびしかったのだ
泣きたいくらい胸が苦しかった


わたしの気持ちを伝える人は私しかいない
わたしがわたしの気持ちを抑えたら
わたしのこの感情は
間違ってることになるのだろうか?


わいてくる
さびしさや悲しさや悔しさは
ほんものではないのか?


いや、それはわたしの本当の気持ちだ
それがわたしだ

そんな気持ちを
ごまかして
伝えないのは
自分で自分を認めていないことになる


違和感を感じた時
その気持ちがなにかをみつめたら
それを言葉に出して
相手へ伝えるのだ


たとえ間違っていても
相手から見たら
なんだ、コイツとおもわれようが


それがわたしの気持ちだ
私なのだ


わたしが私を大切にしなくて
誰が私を大切にしてくれるのだろう

結局
絵はその場所を移動されることはなかった


それで
わたしは絵を返してもらった


こんなところに置いておくのは
かわいそうでかわいそうで
一刻もはやく
持ち帰ってあげたかった

そんなわけで


絵は
わたしのもとに戻ってきた


ほっとした






これからも
ちゃんと自分の気持ちにむきあっていこう
そうおもった今年初のそんな出来事